MAY-HWA
中山手にある、ジャズと上海料理のお店です。
ママのお名前が梅の華と書いて中国読みでMAY-HWA ホームページ
非常に気さくな方で先週初めて行ったのに「24日に、僕の大学の同級生であるT君が8時半ごろに会社のスタッフの社員旅行でここにくるよ 又それに合わせ同窓の現在K大教授のF君も遊びに来るらしいよ」と教えてもらって今日飛び入りで参加することにしました。
8時すぎまでパチンコで時間をつぶし、いざ入店。梅華さん曰くにT君はUSJで時間がかかり1時間遅れるとの事。
そこでF君を紹介してもらいました。(私は自慢じゃないけど大学時代ほとんど学校にいっておらず、教養学部時代の同級生以外は、顔も名前も知らない)
彼は同じ教授仲間のSさん(1年先輩)とお酒がちょいといい気持ちになっていたからか、すぐ話がはずみました。最近の大学は行政に提出する資料が多すぎ勉学研究する時間がなくなってしまったこと。オペラが好きなのでウィーンと学生交流でベトナムとにはしょっちゅう行くこと。来月私もウィーンに行くので大変参考になりました。
隣のSさんはというとなんと私のゼミであるA先生の後任教授になっているとの事。SさんがK大の軽音楽部だったとのことでこのお店によく来られるそうです。(いい忘れましたがこのお店のスタッフは36年前よりK大軽音楽部の男の子ONLYだったそうです。最近は競技ダンス部の子も入れているそうですが。連ドラ「瞳」の影響からか現在120名もの部員がいるそうです)
そうこうしているうちにT君の団体がぞろぞろと入ってきました。若くて綺麗な美人ばかり6人、男はというとひげをはやしてきたならしいかっこうのT君一人。一目見た瞬間「美女と野獣軍団」と命名しました。
全く30年前と変わっていません。最初はカウンターなのでF君としゃべっていたけど明日東京出張ということで10時ごろ帰り、その時再会を祈り固く握手をかわしました。
後はT君と美女軍団と思う存分しゃべれました。料理もわけてもらい(焼きそば、水餃子、黒杏仁豆腐 絶賛)横に座っていたのは奥様と娘さん あとの4人は職員だそうです。え彼はK大Nゼミ出身でS銀行に入り超エリートコースを歩んでいたはず、どこでこうなったと聞くと、支店長までやらしてもらったが、49歳のとき病気を患い1ヶ月入院していたときに「俺の人生はこれでいいのか」と自問自答、退院するとすぐに辞表を出したそうです。
それからはマーケットリサーチ どの業種が一番競争相手がいなくて成功できるか。それで導き出された答えがわんわんサロン。彼は東京の町田に住んでいるけど、気の利いた同業者は20件ほどしかなかったとのこと。トイプードルとかミニチュアダックとかレッドリバーとか洋犬を飼う人がこれだけ増えてきているのに 4年前にそこに目をつけた彼はさすが、案の定月2百万売り上げるほどの人気になった。同業者との差別化も勿論実行している。 それはワンちゃんと一緒に寝ること。お陰でほとんど家に帰っていないそうです。
隣の奥さんに「さびしくない?」と尋ねると「さびしくない」との答え。私の家を含みどこの家庭でもお父さんは邪魔者扱いされていることが確認できました。横から娘さんのつっこみ 「なに言っているのよ 前二人でハワイからヨーロッパまで旅行してたくせに」暗に私も連れてって欲しかったとのつっこみ。よかった僕には男の子しかいなくて
同級のI君やA君の消息も聞きました。前は二人とも東京にいて時々会っていたそうですが今はどうかな との答え やっぱ東京かい
てなことを喋ってたらあっという間に11時半 最後に梅華さんに皆の記念写真をとってもらいひと足お先に帰りました。
ここのお勧めのお酒です
ハイランド地方で最初の公認蒸溜所となり、密造酒時代に終止符を打つ契機となった蒸溜所で、スペイサイドを代表する蒸溜所である。19世紀後半には便乗で「グレンリヴェット」を名乗る偽物が横行し、訴訟沙汰となり、本家のみが「The」の使用を許可され、現在の名称となった。現在でもアメリカでは最も飲まれているシングル・モルトである
ロックで4杯飲みました
記念写真が手に入れば第2段書き込みします
では、おやすみなさい
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